“魔法”とはなんでしょう?
霊的なパワーによって現実に手を加えるものでしょうか?
自然のエネルギーを用いて奇跡を起こすことでしょうか?
箒に乗って空を駆け巡ることでしょうか?
黒魔法や白魔法と分けられることもあれば
魔法に白も黒も存在しないというものもあります。
“魔法”を定義することは本当に難しいことです。
数多の流派や考え方が存在し、魔法を扱う人それぞれの考え方で
“魔法”と呼ぶからです。
魔法は古くから歴史を持ち
何世代にも渡り、研究や実践を通し受け継がれてきました。
時に魔法は
自分を愛する方法を囁き
成功へのチャンスを呼び寄せ
背中を押す勇気をもたらします。
捉え方や考え方は違えど
人生に寄り添ってくれる心強い友人であると信じています。
魔法は一種のエネルギーですがそれだけにとどまりません。
まさに“愛の結晶”だと言えます。
Myu.Cherteでは人の数だけ存在する“魔法”という
概念ともいえるこの術を、一つの“生き方”であり
生きていく中で積み重ねてゆく学問だと捉えています。
私達、聖女の流派は“ラヴェデン”と呼ばれるものです。
神聖なる存在の元
人々に寄り添い愛を持って力添えする誓いに身を捧げています。
自然と共に生きられることへの感謝
魂を愛と共に成長させ、それを他者と共有すること
自身の光と闇に向き合い
時には痛みを抱きながら乗り越え
利己によって他者を傷つけることはせず、慈悲の心を持つ
背景を想像し 否定せず、理解に努める
そして豊かさを分け合う
これらは“魔法”とは直接関係ないと感じるかもしれませんが
一つ一つが愛と通じており、魔法の源となると強く信じています。
Myu.Cherteが扱うのは“祈りの魔法”です。
祈りの魔法とは
自然や神聖なる存在のエネルギーを愛と祈りによって自身の神性と調和させ
自らの体を楽器とし、魔法を奏でるという方法です。
では聖女自身の力ではないのか?
そう とも 違う とも言えます。
私達は自然のエネルギーや神聖な存在のエネルギーを通して魔法を起こしますが
魔法を指揮し、きちんと願いの方向へ向くようにエネルギーを扱うのは
聖女の積み重ねてきた訓練や努力によるものです。
ただ、祈れば願いが叶うのが“魔法”ではないと私達は考えています。
私達の魔法は“自然や神聖なる存在”のエネルギーのよるものです。
祈りの魔法は
かける願いに少しでも悪意があればその力はほどける糸のように消え去ります。
成長をもたらす痛みを奪うこともありません。
その采配は“神聖な存在”によって行われます。
聖女はあくまでもそのエネルギーを響かせる楽器であり
人々に寄り添い愛をこめて祈りを奏でる存在なのです。
では具体的に魔法とはどんなことを行うのでしょう?
魔法は基本として3つの手順を踏んで行われます。
1.禊ぎ
2.チューニング
3.儀式
1.の禊ぎは魔法を扱うために身とエネルギーの清める行為のことです。
2.魔法を行うために意識を切り替えたり、不要なエネルギーに邪魔されないように行ういくつかの基礎的なエネルギーワークのことです。
3.実際に魔法を扱う祈りの場のことです。
これについてはそれぞれに大切な意味があり
複数の要素を含むため
また別の記事としてお話しさせていただければと思います。
“魔法”はまだ一般的には理解が深まっているとは言いづらいですが
現代でも人々の生活にはその欠片が数多く散りばめられていると感じます。
Myu.Cherteが少しでも“魔法”に触れるきっかけであり
魔法を学びたいと願う方のお力になれるよう
暮らしに添える花となれることを心からお祈りしています。